2021年9月 ボルボは、2025年以降、すべての新型EVにレザー(本革)を使用せず持続可能な素材に変更すると発表しました。ボルボはかねてから2030年までに全ラインナップをEVにする計画を表明しており、必然的にすべてのボルボ車からレザーが無くなることになります。と言っても、高級車にありふれたビニールや樹脂素材に置き換えるわけにはいかず、レザーの代替品として環境に配慮しつつも高級感のある新素材に置き換えられることになっていきます。レザーをなくしリサイクル素材を使用する・・・このような動きは今後他メーカーでも起きうると考えられます。
自動車業界よりも早く、アパレル業界では欧州を中心に既に多くのブランドがサステナビリティを重要テーマに取り組んでいます。アルマーニは2016年から、グッチは2017年から全ブランドで毛皮の使用を廃止しています。2018年には、シャネルが爬虫類などの希少動物の革(エキゾチックレザー)と毛皮の使用をやめると宣言しています。SDGsの開発目標である「持続可能な社会」づくりから始まったものですが、昨今はさらにこの考え方が進化しているようです。
すなわち、顧客の価値観の変化です。SDGsや動物愛護の観点、リアルレザーに対する嫌悪感ももちろんありますが、本革=ラグジュアリー、カッコイイではなくなってきているのです。Z世代を中心に、むしろ本革製品を身につけていることは「ダサイ」「トレンド遅れ」という価値観に変容し、フェイクレザーやエコレザーを身につけている方が「カッコイイ」と感じる人達が増えているのです。こうした流れから、フェイクレザー・エコレザーを身につけることは「本革は高い、仕方ないから安物を買った」のではなく、「環境を意識しています」というメッセージ発信になり、堂々とフェイクレザー・エコレザーを着こなす人たちが増えているのです。
コロナ禍を経て、このような価値観の大転換がいたるところで起きています。このような状況を考えると、製品・サービスそのものの機能面の価値だけをよりどころにしてビジネスをすることは、非常に危ういことだと言わざるを得ません。イギリスの毛皮産業界は、「毛皮はフェイクファーに比べてはるかにサステナブルで環境にもやさしい素材だ」と主張していますが、このトレンドが変わることはないでしょう。EV化の流れは加速し、ガソリンの消費が今後どんどん増えることもないでしょう。毛皮製造業者は「毛皮」を売ることが使命なのか、ガソリンスタンドは「ガソリン」を供給することが役割なのか、見直してみる必要があります。つまり、「毛皮」「ガソリン」という商品そのものだけではなく、サービスや体験を含めて何を顧客に価値として認めてもらっているのかを考えなければ、消費者の価値観の変容についていけず淘汰されてしまうでしょう。
大量生産大量消費、市場がどんどん拡大(人口増加)していく局面においては、製品・サービスを安定供給することが社会的な使命でした。しかし、今はそんな時代ではありません。市場は縮小し、かつ個々人の趣味嗜好は多様化、個人化が進んでいる状況下においては、自社はどこに優位性があるのか、どこの“土俵”で戦うのか、よくよく考えなければなりません。
私の支援先で既存事業(システム開発)を活かして新たな「農業用資材」を開発し販売し始めた企業があります。これまでの「農業用資材」とは異なる、新たな機能を付加し、生産性を一気に向上させる素晴らしい製品だと思います。しかし、売れないのです。農業というかなり保守的な業界において“後発”であることはかなりのハンディがあり、いくら機能面の優位性を謳ってもなかなか顧客に耳を傾けてもらえませんでした。
そこで再度この企業を見直し、訴求する価値を再定義しました。この企業は、「農業用資材」を売りたいわけではなく、生産性が低く収入的にも報われることが少ない日本の農業界を変えたいという思いがありました。そのため、システム会社ではありますが、実際に農業に参入し農福連携や6次産業化にも取り組み、一定の成功を農業で納めていたのです。システム会社が机上の空論で作った「農業用資材」ではなく、実体験に基づくエビデンスのある「農業用資材」であるということ、そして、農業における生産性向上や収益化のノウハウを有している企業であるということを最も訴求する価値と定義しなおしました。
これまでは、同じような農業用資材を製造・販売している競合企業と“同じ土俵”=農業用資材の機能で戦っていました。しかし、実際に農業に参入し、新たな取り組みにチャレンジし、かつ成功を収めている競合企業はありませんでした。こここそがこの企業が“戦える土俵”だったのです。あくまでも顧客が求めていることは、「農業用資材」ではなく、「農業で成功すること」のはずです。つまり、農業用資材は“手段”であり、“目的”ではないのです。現在は、システム会社かつ先進農業参入企業としてのブランド化に力を注ぎ、競合企業とは全く異なるアプローチで顧客開拓に取り組んでいます。
同じ商品・サービスを取り扱っている企業であっても、“戦うべき土俵”は当然異なります。上記例のように、自社を見直すこと、競合企業を分析すること、そして、顧客が本当に求めていることは何なのかを深く考えることから、はじめてみてはいかがでしょうか?