1981年創刊の日経コンピュータ誌に「動かないコンピュータ」という連載コラムがありました。2002年4月に派生した巨大銀行のシステムダウンにより全国が大混乱したことをきっかけに同じ轍を踏まないようにと同年12月にこのコラムの事例を集大成した書籍「動かないコンピュータ」が発刊されました。
発刊から21年以上が経ち、コンピュータの技術はICT、デジタル、AIなど飛躍的な進歩を遂げています。
しかし、2024年の今年、食品大手企業や日用品大手企業の基幹システム(ERP)の新規立ち上げが失敗し、製品出荷がストップする事故がマスコミ報道されました。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)の界隈では「2025年問題」ということが言われています。
これは、今から20年以上前に大量に導入されたオフィスコンピュータと呼ばれた小型のハードウエアに旧OSにより構築されたレガシーと呼ばれるシステムの保守ができる技術者のリタイヤが2025年にピークを迎えシステム保守ができなくなり、また2000年ごろから大手企業中心に盛んに導入されたSAP社のERP(統合業務)パッケージR/3(アールスリー)のサポートが終了することもあり、2025年までにレガシーシステムや旧ERPを更新しなければ企業の基幹業務の継続ができなくなるという事情の象徴的なキーワードとして「2025年問題」が叫ばれ、事実旧R/3を使用していた多くの大企業は今年度までにERPの刷新を行いました。
ICTやデジタルの世界は進歩しているのに昔と同じことが起きています。
失敗による学習効果が、大企業には見られないことが問題であると前述の報道に述べられていました。
では、中小企業ではどうでしょうか。
外から見える事象は大企業とそれほど変わらないように思われます。
小規模なシステムであっても20年以上前も現在も、なかなか「動かないコンピュータ」は出現しています。
ただ、大企業と大きく異なる状況は、失敗の学習をすべき人材が極端に少ない、あるいはいないということです。
少ない人材とはたとえば社長自身です。
失敗を経験した社長は同じ轍を踏まないよう慎重に信頼できる外部専門家に支援を求め成功しています。
しかし、20年以上前に比べて、システム価格は飛躍的に高機能で、圧倒的に安価になっています。
そのためシステムの導入をする企業は飛躍的に増加している、言い換えれば多くのシステムを導入初心者が取り組んでいるということになります。
システムのことはわからない、いわんや初心者なのでシステムベンダーに任せて、頼らざるをえない。
すなわち丸投げ状態というのが現実ではないでしょうか。
筆者が中小企業から受ける「動かないコンピュータ」の相談の原因のほとんどはこの「丸投げ状態」と思われるものなのです。
丸投げするなと言われてもシステムの事はわからないのにどうすればいいのかと思われるかもしれませんが、失敗する大企業も同じですが、ユーザー側が行わなければならないのは業務プロセスの合理化、標準化でそれの見える化(文書化)です。
ベンダー側は一般的な業務プロセスは承知しているかもしれませんが、企業固有の、ましてやその企業のノウハウプロセスまでは知る余地はありません。
業務プロセスを吟味し、システム化すべきものか、あるいは業務をシステムのやり方に合わせて変更すべきか、判断をするのはユーザー側でなければなりません。
そのとき、技術的に詳しいベンダーと十分協議を重ね、将来にわたってかかるコストやリスクを洗い出して判断しなければなりません。
この作業をおろそかにしてシステムを作ってしまってからリアルの業務を行おうとしたらシステムに乗っからなくて動かないということが発生しているのです。
「動かないコンピュータ」は大企業だけの問題ではありません。
中小企業でもベンダー丸投げを行なってしまうと起きる確率は高くなります。
しっかり自社の業務を整理(合理化)し、標準化、見える化(文書化)を行ってください。
必要なら専門家に相談し、ちゃんと動くコンピュータを導入していただくことを切に祈っております。
参考文献
・動かないコンピュータ 情報システムに見る失敗の研究 日経コンピュータ編集/日経BP社(2002年12月)
・ERP導入なぜ失敗? グリコやユニ・チャーム出荷トラブル 日経クロステック(2024年6月27日会員限定記事)